安南のへそ

発展著しいベトナム中部の町、ダナン暮らしを経てすっかりベトナムマニアになってしまいました。ディープに書き綴ってまいります。

デスクワークとかって、拷問でしかないんですけど。

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10年ちょっとの社会人経験で、何をしてきたかというと教師業である。

とはいっても学校の先生というのではなく、あくまで語学教師である。

とはいっても(しつこいよ)英語とか外国語を教えているのではなく、日本語を教えているのである。

 

「え?ていうと外国の人に日本語を教えるのですか?」

人に自己紹介をして、自分の職業を伝えると、こういう反応が返ってくる。

ええ、そうです。

 

まあ、こういう反応が返ってくるならいいのだけど

「え?日本人に日本語教えるんですか?国語の先生ではないんですか?」

と目を丸めて問いただされることも時にはある。

 

私の職業は日本語教師。国語の先生ではございません。

対象者は日本語を学ぶ外国の方々であります。

 

という、一見するといんたーなしょなるな、今流にいえばグローバルなお仕事のように見えますね。

って、確かに日常的に外国の方々と接するので、自分が生まれ育った「日本」以外のものに触れる機会は多いです。

 

私は長く日本でこの仕事をしておりましたが、自分でもよくわからないままフリーランスをやっていたので、

毎日異なるスケジュールで動いていたし、一日の中で移動も多かった。

朝8時から○○町でエグゼクティブに1時間プライベートレッスンして、

カフェで時間つぶして、

電車に乗って○○沢まで移動して、

学校で4コマ授業やって、

夜6時からは六○○ヒ○ズにお住いの人にプライベートレッスン。

 

というような生活をしていました。

 

マーシャルに行く直前とかは、そういう生活に疲れていました、正直。

いろいろな意味で安定がほしい、と思っていましたが、

いざマーシャルで仕事していたら、同じ場所で同じ人たちと毎日という生活のほうが耐え難いことに気がつきました。

人間ないものねだりですね。

 

さらに、帰国してからはチョイとばかしこのお仕事をお休みしており、

ガラにもなく会社でアルバイト生活をしているのですが、

1日7時間、デスクワークというのがいかに拷問であるかを痛感しました。

 

いけませんね人生の早い段階で選んだ職業生活が、身に染みているのでしょう。

しかし、それがAだとしたら、非Aを体験することで、いかにAが大切なものであるかを知る、というのは大事なプロセスだと思うのでございます。

 

Viva 移動の多い人生。

Viva 移動の多い生活。

 

もう、これがワタシなのでございます。