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安南のへそ

発展著しいベトナム中部の町、ダナン暮らしを経てすっかりベトナムマニアになってしまいました。ディープに書き綴ってまいります。

発音練習

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 木曜日は2回目のベトナム語レッスン。仕事を終えて大通り沿いにある有名なチェー屋さんで緑豆ペーストのチェーを晩御飯代わりにして、いざレッスンのカフェへ。

 

カフェは比較的高級住宅街のような小道にある。入口が緑の多いお庭のようになっていていい気分。

 

今回はベトナム語の発音をみっちり。ベトナム語は中国語やタイ語と同じように一つの母音が上下に動く声調言語。主に5つの声調があるのだけど、やりやすいのとそうでないのがある。

 

そのあとは一日にしたことを話したけれど、発音を直されつつ発話するからなんだか話した気にならない。

 

私も語学教師なので発音矯正のタイミングには気を遣う。早い段階からきっちり正しいのを教えたほうがいいという意見の先生たちもいて、それはそれでもっともなんだけど私だったら最初から発音練習ばかりやってて、ダメだしされたら話したくなくなるんだけどな、という思いがある。だから基本は押さえてもらってから、ある程度話ができるようになるまであまり介入しない(まったく直さないわけではないけどね)ようにしている。そのあとでタイミングを見て相手ができていない発音を練習して、そのあとの発話で意識してもらうようにする。

 

だから今回あまりにも発音を直されながらだと(それだけひどい発音の自分が悪いんだけど)話す気にならなくなるなあ、とちょっと引っ掛かりを覚えながら家路についた。もちろん発音を教えてもらったことで、コツがつかめたから必要な作業だってことはわかってるんだけどね。

 

あまり一つの音を何度も言い直されても、なんか泣きたくなるよね?だから私は発音のコツをしっかり伝えるようにしている。ただ教師が発音して真似させるっていうのは、いつまでもできるようにならなくて(相手は発音方法で何が違うのか分からない)延々と同じことを繰り返すんだから、なんだか自分が馬鹿になったような心地になるんですよ。つまり発音を直すにはある程度コツが教えられるだけの知識が必要になるわけ。それが音声学。

 

日本語教師になる勉強をしていたとき、音声学は割とハードルが高くてそれだけ勉強に割いた時間も多かったのだけれどそれが功を奏しているのか、現場に立っているとその知識が役に立っていて、学習者の間違った発音を直すことができる。

 

ただ、問題は相手がまだ日本語がわからない時点でそれをうまく伝えるのが一苦労であること笑。

先日こういうことがあった。いつもや行をざ行で発音するある教え子(ベトナムの中北部出身者)がいて、それはフエ以北の発音体系であるがゆえにそうなってしまうらしい。何とか日本人チームで発音を直そうと画策したのだけど(や行は半母音なので声門をしっかり締める必要がある)、それを伝えるすべがなかったのだ。すると大学で看護を教えているまだわかり先生がしなやかに身をひるがえしてやって来て、ベトナム語で相手ののど元に手をやりながら説明してくれた。そのあと例の教え子は見事なや行の発音をマスター。そのあとも私が手で首を詰めるようなジェスチャーをして(首が閉まった時に出る音でや行の音をややオーバーに示す意味で)練習。本人もその後一生懸命練習したのか、翌日フィードバックしたら完璧。説明してくれた先生も同じくベトナム中北部(ハノイ寄りのホーチミンの出身地であるゲーアンの人)で、や行がざ行になってしまっていて過去に発音を治してあげたことがある。おそらく先生は自分でネットで調べたりしてコツをつかんだのだろう。本当に先生には感謝している。

 

発音矯正は結構デリケートだ。でも必要な作業ではある。そろそろうちの教え子たちにも発音を改めて見直す時間を挙げてもいいのかもしれない。

そして、私のベトナム語も発音に注意しながら発話することはもちろんだけど、介入してほしくなく発話することが最重要な時は発音強制で止めないでほしいとベトナム語の先生にちゃんとお願いしようと思う。