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安南のへそ

発展著しいベトナム中部の町、ダナン暮らしを経てすっかりベトナムマニアになってしまいました。ディープに書き綴ってまいります。

伴侶

ツブヤキ

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先日ベトナム人の知人と話していて、ちょっと考えてしまったことがある。

 

「まだ、はっきりしていないんだけどね」

既婚者の彼女はこう切り出した。

 

彼女とご主人はどちらも日本に長く留学し、就労経験もあるので日本語が堪能だ。そして二人の子供も日本で育った時期があるので日本にはかなりなじみがあるようだ。

 

数年前にベトナムに戻ってきた彼らだが、出身地のハノイではなくよりスローなダナンに居を構えることにした。もちろんダナンは人柄も穏やかで気に入っているのだが、ご主人のほうが最近日本へ戻りたがっているという。

 

「日本で子供たちに教育を受けさせたほうがいいと思うし、もしベトナムで暮らし続けたとしたら二人とも子供たちを留学させられるほどの経済力は身につかないから」

 

日本とベトナム,,どちらがいいか、と冗談交じりのこの話題がネタに上がるけれど、真剣に考えれば難しい話だ。外国人として10か月程度暮らす居住者としての身で言うならば、物価は安いし、人も優しいし、治安もいいし、食べ物もおいしいし、必要なものは手に入るし、文化的な暮らしができるし、何より昼寝の時間があるということからベトナム暮らしが非常に気に入っているけれど、当然この社会にだって問題はあるわけだ。

ネット上なのであえてその詳細は書かないけれど、日本にだって問題はあるのだからそんなのはどこも同じだろう。どこをどう問題視して取捨選択し、結論を出すかは人それぞれ。

彼らの場合いろいろ考えた上で再来日を希望している。現在ご主人が日本企業に就職活動をしているところだという。

一つ疑問が浮かんだ。

 

彼女は日本で学び働いてきた経験をベトナムに還元すべくある事業をしているのだけれど、社会的にとても意義のある内容なのである。

 

「その事業はどうするんですか?」と問うてみるとこんな答えが返ってきた。

 

「もちろんすごく情熱を持ってやっているけれど、夫がそう言って仕事を見つけたなら私はついていく」

 

断っておくけれど、私は彼ら自身の選択についてどうこう言うつもりはない。

 

ただ、私はこの一言にものすごく考えさせられてしまったのだ。同時にハノイで見た伝統劇の一こまを思い出した。

「夫婦は離れてはならないものだから」

日本でもいつか誰かから聞いたことがあったような気がするこの言葉が脳裏によみがえった。

 

私は既婚者でもなければ、その予定も今のところないため割と自分のやりたいことを前面に押し出してかれこれ13年以上社会人生活を送ってきている。私の場合は伴侶ではなく両親がらみで色々あるクチなのだが、もし、これから先自分にパートナーができて相手と自分の仕事の場所が離れてしまうとしたら、どうするだろうか。

 

その時になってみないとわからないけれど、自分自身仕事をキャリアを大事にしてきたし、情熱をもって臨んでいる。それが相手の都合で手放さなければならないとすれば…また新しい土地で始めればよい、というのもあるだろうけれど場合によっては何もかも捨てて新天地目指してあなたと手を取り合って~とはならんだろう。下手すると別々暮らしになってもしょうがないし、反対に距離があったほうが長く続くコツなんじゃないの?などと考えてしまう私は甘いのだろうか。

 

過去に出会った先輩のことを思い出す。彼女のご主人は転勤が多い方で、関西と関東を行き来することが多い。そのたびに彼女はそこで進めていた仕事や習い事をすべて手放して夫に随伴していった。しばらく私と働いたのち、再びご主人に辞令が出て関西方面へと去っていった。その時の彼女の言葉が忘れられない。

「いつもこうなんですよ。ある程度そこで自分の仕事とかの世界ができたころに夫の仕事で全部が台無しになる…」

パートナーにはパートナーの事情があるから、自分に合わせてくれというつもりはないけれど反対に言われるのも嫌だな、と私は思う。だけどそうなると結果的には離れて暮らすことになるのだろう。

今まであまり深く考えたことがなかったけれどパートナーシップについて少し考えておく必要があるんじゃないか、と思った。

 

何気ない会話だったけれど、深い自分との対話を促す契機となったようだ。