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安南のへそ

発展著しいベトナム中部の町、ダナン暮らしを経てすっかりベトナムマニアになってしまいました。ディープに書き綴ってまいります。

2015年

ツブヤキ

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残すところ2週間で2015年が終わる。振り返ってみると不思議な一年だったとつくづく思うのだ。

 

年始は正直沈んでいた。昨年末に家族の病気が発覚して一時は余命数か月と言われてしまったから、脳内パニック状態になり、しかも時を同じくして当時働いていた会社での人間関係が最悪になってしまった。本当は2015年の2月から別件でベトナムの仕事が決まっていたのだけれどもちろん辞退。思えば去年の秋から急に崖を転がり落ちるような状態に陥った。

 

それでも幸い家族はいい薬があって一命はとりとめ、現在も自宅療養中。元気に毎日テレビ三昧だそうだ。2015年はそんな病人の介護生活スタート。年末年始は一室を介護仕様にするべく断捨離決行。でも運気が停滞しているときは断捨離が一番。ほこりまみれになりながら数多くを我が家から卒業させた。

 

だんだん病人も落ち着き、介護も慣れてきたところでふと私は思ったのだった。

「自分のことを考えよう」と。

 

私自身は日本ではなく海外で生活し働きたいと思っていたし、このことによって改めてそれが心からの願いだと実感した。まあ、元気にしてるから、この際思い切って飛んでみよう。自分がしっかりしたほうが親も安心だろうし。(当時の私はもめた会社とはサクッとおさらばし、介護準備のため無職状態)

 

2015年の目標を「1年以内に海外へ出る手はずを整える」ということにして、とりあえず稼ごうと旅行会社でアルバイトを開始。すると不思議なことに、いよいよ明日からだ~と無職生活最終日の日曜を過ごしていたら、友達から連絡があって今のベトナムの案件を紹介された。

 

そのあとは早かった。サクッと岐阜まで行って面接をして、採用。6月末の研修で再び岐阜へ赴き、8月3日にはベトナムのダナンへやってきた。

以来充実した日々を過ごしている。

困ったことといえば雇い主との意思疎通とビザの問題。特にベトナムでの長期就労ビザは本当に苦労させられた。何せ3月に法改正が行われたばかりだから前例もないし、ベトナム語訳に不備があるとダナンの入管で突っ返されるわ、と一つ一つ大きなハードルが待ち構えていた。それでも孤軍奮闘ではなく、同僚や優秀な現地スタッフ、そして在留邦人の方々にお世話になり、もてる知恵とネットワークを駆使して乗り越えていった。

 

そしていま、3か月行ってきた毎日の日本語授業が終わった。

 

この一年は前半と後半とで全く異なった展開になった。人生山あれば谷もある。前半が山であれば後半は谷だったのかもしれない。でも山を乗り越えたからこそ、というか山の時もそれなりにもがいたからこその谷のすばらしさだったのだとも思う。

 

前半の「冬」の時期に読んだネイティブアメリカンの本にあった言葉が身に染みた。

 

一度馬から落ちてしまったからと言って、そのまま倒れていることはない。 這うことしかできないのなら、這いなさい。 立ち上がれるなら、歩きなさい。 足を引きずるようなら、何かにつかまって歩くのです。 けっして「こんなものさ」とあきらめてしまってはいけない。

 

当時の自分が決めていたのはいたずらにメソメソしないこと。メソメソしなければならない場面がどうしたって出てくる可能性があるのだから、そうでもないときに無駄におセンチになって無駄なエネルギーを使うのはやめよう、だったらすぐに実を結ばなかったとしても生産的な行動に出よう、と決めていた。

 

図書館に通ってたくさん本を読んだり、スペイン語を勉強したり、今まで縁がなかった職種のアルバイトをしてみたり、介護の職場体験をしてみたり。果ては自分が何に向いているのかわからななくなってキャリア相談なるものにまで出かけたこともあったなあ。

 

でもだからこそ、自分がやりたいこととやりたくないことがはっきりしたのだと思う。

 

今こうしてベトナムの地で日本語を教えていて、やっぱり自分はこの仕事が好きで、この仕事だったら(ある程度)自信をもって進められると実感している。だけどそれだけでは物足りなくて、現地のNGO団体のお手伝いをさせてもらう機会を得て、今はやりのプロボノとかパラレルキャリアを地でいってる自分が好きだ。

 

この1年で自分は何をなしたのだろうか、何を手にしたのだろうかと問うてみる。

 

家族のことを乗り越えて、そして仕事がらみビザがらみのもめ事に対処して、まあさらに強くなったわな、と笑ってしまうのも正直あるのだけれど、自分の仕事の仕方、生き方が見えたというのが一番大きいように思う。

 

「家族が病気なのに海外へ行くの?」「家族としては正直やっぱり一緒にいてもらいたいんじゃない」と言われたり、思われたりするんだろうけど、幸い家族はみな元気そうなのでやはり出てきてよかったと思う。あのまま日本にいても自分はやりたくもない仕事をして、いくらお金のためとはいえ、オフィスワークで体を停滞させていたら何のために家族と一緒にいるのかわからなくなっていただろう。

 

たとえ他人が何と言おうと、自分が「どうしても」と思うのなら、他人にダメージが一番少ない形で思い切って飛び出してもいいと私は思っている。決めた後うまくいけばそれはGoということだし、そうでなければ今はその時ではないのだろう。今回のベトナム行は1回目はNOだったけれど、2回目のダナンは明らかにYESだった。だからこうして素晴らしい日々を送ることができている。

 

来年は6月末にこの契約が終了する。その後のことは全くの白紙状態。どんなふうに転がっていくのか楽しみなところだ。