安南のへそ

発展著しいベトナム中部の町、ダナン暮らしを経てすっかりベトナムマニアになってしまいました。ディープに書き綴ってまいります。

ベトナム南部ローカル旅④ クメール族の町Sóc Trăngで寺巡り

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ベトナム南部旅もいよいよクライマックス。鼻の奥に違和感を抱えたまま早朝に出発したバスは午前8時頃カントーバスターミナルに到着。そこで再びチケット売り場へ行って、今度はクメール族が多く暮らすソクチャンという町へ行くバスのチケットを購入。ソクチャンにはバスターミナルがないので、途中で下されるそうです。

 

カントーからソクチャンまではバスで代替1時間15分ほど。思っていたほど短かったのと、車窓からの景色がカントー⇔チャウドックより面白くて、飽きることがありませんでした。面白いってどういうことかと言うと、ベトナム南部の原風景が残っている感じとでもいうのでしょうか。いつか見たフランス人小説家デュラスの『愛人』の映画に出てくる景色がほぼそのままなのです。幼きデュラスはこういうところで育ったのか、なんて一人感慨にふけっていました。

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そうこうしていると車掌の「チャウドック」の呼び声が。国道沿いのガソリンスタンドに停車し、その場に何台かバイタクが待機しています。ここでベトナム長距離バスの乗り方について。チケットを購入し、出発時間前にバスに乗り込むのですが、乗り込んでしばらくすると車掌さんが行先を聞いてきます。カタカナ発音のベトナム語では通じないので、ベトナム語の発音に自信がなければ地名を書いた紙を見せるか、ガイドブックを見せるかするといいでしょう。到着した時に教えてくれます。またその時にサービスでお水とおしぼりがもらえます。もう一点加えるなら、ビニール袋を持っているといいかも。ご本人が車酔いしやすい場合も使えますし、そうでなくても隣のベトナム人が酔ってしまったときにリバースした場合、譲ってあげることもできます。きっとすごくありがたがられるでしょう。(前にも書いたけれどベトナム人の特に女性は車酔いが半端なく、本当に戻してしまうことが多いのです)

ベトナム人:Xin cám ơn.(ありがとうございます)

あなた:Không sao.(いいえ、お気になさらず)

なんてやり取りができればこなれた旅行者感が漂うではありませんか。

 

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さて、バスを降りた私はその場にいた穏やかそうなバイタクのおじちゃんと交渉開始行きたいと思っていた寺院3つを示して、そこを回ってもらうことに。トータルで20万ドンのいい値を15万ドンに値切ってみました。人によってはもっと粘って値下げするんでしょうが、私はこれくらいで妥当かと。

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まずは蝙蝠がいるクメール寺院、ヨイ(こうもり)寺へ。郊外のちょっとした林の中にたたずむこじんまりとしたクメール寺院なのですが、ベトナム人の参拝客でにぎわっていました。久々の黄金の寺院。個人的にはクメールやラオス、タイの寺院の方が好みなので、なんだか嬉しくなってしまいました。

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片言のベトナム語バイタクの運ちゃんと話してみると、運ちゃんもクメール族の人なんだとか。カントーも含めベトナム南部はクメール系のお寺があるので(中北部では見られない)、新鮮な気分になるとともに改めて南部はカンボジアとのつながりを知ることとなりました。調べてみるとソクチャン省のあたりはもともとクメール王国の領地だったのが、18世紀中ごろにキン族の王朝グエン朝の支配下にはいったため、フランス植民地時代を経てベトナムの領土となったようです。が当時もクメール人が行政の運営を担っていたそうです。だからこそ立派なクメール寺院があるのでしょうね。ベトナムの中でもクメール人が多く住み、クメール人の力がそれなりに強い場所なのかもしれません。

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クメール系のお寺は風通しがいいので気持ちがいいです。大してベトナムの寺院は中国的なので、装飾が豪華ですが空間を閉ざした中でお線香の煙がとぐろ撒いている場所も多いので、リラックス感は少ないです。運ちゃんに教えてもらって木の上でお休み中のコウモリ様?たちを拝むことができました。なんでもヨイ寺は1569年に建立され、その後何度かの修復を経て今に至るという由緒あるお寺なんだそうです。

 

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お次はおそらくソクチャンにしかないだろう、という極彩色のお寺、ブーソン寺へ。こちらは町の中心部にあるので郊外から一気に町へとバイクを走らせます。街中はそれなりに整った感じで、バイクの運転も荒くなくいい意味でのんびりした感じ。道が広いのが印象的。ファーストフードのお店やちょっと高めのビジネスビルもそびえたっていました。

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ブーソン寺は自分が持っていたこれまでのお寺の概念を覆すもので、黄色や赤をベースカラーにして、聖なる動物像や仏さま、ホーチミン主席と言ったベトナムでありがたがられている神仏が祀られているのです。南ならではの美的発想。夢中でシャッターを押していました。

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目がチカチカするまま向かった先は街中にそびえたつ立派なクメール寺院、カレン寺。正統派のクメール寺院と言った貫録をたたえていて、とても美しい寺でした。が残念ながらお昼休みの時間内で内部は閉ざされていました。風通しがとてもよく、暑い日差しと弾丸旅行に疲れた体を癒してくれました。これこそパワースポット!?敷地内にはベトナム語クメール語で書かれた看板も。恐らく学校だと思うのですが…

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運ちゃんが好意で隣のお寺も見せようとしてくれたのですが、こちらもお休み中。残念ですがそのままバスを降りた場所へ戻ります。やさしいおじさんでよかった、いい感じでソクチャン弾丸旅行ができて良かった。あとはカントーへ戻るだけ、うんうん、と思っていたら甘かった。ここでちょっとした問題勃発。

 

ガソリンスタンド脇のお風呂椅子のカフェで休んでいた時に、お店のおばちゃんと待機中のバイタクのおじちゃんたちがやってきて、何やら必死に語り掛けてきます。それをすらすらと理解し、すらすらと切り返せるほどのベトナム語力は持ち合わせていないので、こちらも片言で確認をしたら、バスのチケットをあらかじめ買っておかないとバスには乗れない、今からバスのチケットオフィスへ行こう、というのです。どうやらチケットオフィスはそこからちょっと離れた場所にあるようで、すぐさまおっちゃんのバイクにまたがりました。そしたら本当に遠かった。4,5キロぐらいカントーに戻る形で、ていうかいっそこのままカントーに行ってくれないかな、とすら思ったwしかも運ちゃん、飛ばす飛ばす。それでも何とかチケットを買い、バスが来る時間も分かったので、安心して再び超特急バイクで元いた場所へ戻りました。

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バスを待つ間眺めるともなく周りを観察していると、この辺りはみんなハンモックを垂らして、お昼寝はその中でって感じ。とってものどかな時間が流れていました。バイタクの運ちゃんたちといくつだ?結婚してるのか?と言ったお決まりのやり取りをして、しばらくたつとバスが来ました。バイタクの運ちゃんも暇なのでしょう。職員でもないのに自主的にガソリンスタンドに着いたバスを誘導し、お客を載せてくれるのです。これには笑った。

 

おじちゃんたちへのお礼とお別れもそこそこ、あっという間にバスは出発し、カントーへ戻ります。幸い一番後ろの席を占領できたので、リラックス。渋滞に巻き込まれることもなく、無事に夕方前にカントーへ戻ることができました。が、鼻風邪は治るどころかひどくなりそうだったので、ホテルに荷物を置いてから買おうと思っていたお土産を買い、川沿いのレストランで食事を済ませて速攻ベッドの住人になりました。最初の夜とは違い、小雨も降っていたので梅雨冷めも心配だったので。幸いホテルは初日に泊まった安いのにきれいなところにしておいたので、ホテルステイも快適でした。やっぱりベトナムはホテルのコスパがいいな、と思ったのだった。

 

そうして終わった私のベトナム最後の国内旅行。初めて使ったVietjet行きも帰りも遅れることなオンタイム。しかも気づいたら機内持ち込みの制限を1キロオーバーしていた荷物にも、「うちを初めて利用するんだろうから」ということで見逃してくれました。

 

南部を旅行して思ったのは、南部をみずしてベトナムは語れない。と同時に南北に細長いこのベトナムの多様性を改めて知りました。ベトナムと聞いて私たち外国人がイメージするものは、ごく限られたものでしかなく、ベトナムには北から中部、西部高原地帯、そして南部とそれぞれが特色を持った場所に分けられ(大雑把な分け方だけど)

るのです。わずか10か月の滞在だったけど、少しばかりその多様性をうかがい知ることができたのは仕合わせな事だったと思うのでした。