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安南のへそ

発展著しいベトナム中部の町、ダナン暮らしを経てすっかりベトナムマニアになってしまいました。ディープに書き綴ってまいります。

チャンパ王国を知ることなくベトナムの歴史は理解できない

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にわかにベトナム研究と称して関連書籍を貪るようにして読んでおりますが、実は来週から始まる新しい仕事への不安から逃れる術という説もなくはない・・・

 

いずれにせよ、ベトナムから帰ってきてより一層ベトナムにはまってしまっているのは事実なわけです。今回読んだのはこちらの本。

 

チャンパ―歴史・末裔・建築 (めこん選書)

チャンパ―歴史・末裔・建築 (めこん選書)

 

 

 チャンパというのはベトナムの中部から南部に至るまでに存在した王国のことです。元をたどると古代のサーフィン(サフィンとも)文化圏にあり、海を挟んだフィリピンやマレーとの交流が盛んだったと言います。

 

 

このサーフィン文化に関してはホイアンに小さなミュージアムがあるので覗いてみてください。って私は行ってないのだ!在住時にはあまり興味持ってなかったので・・・次の里帰りでは絶対行くもんね~~~!!!

 

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そんな歴史的背景を持つサーフィン文化を起点としてチャンパ王国は栄えており、北の中国文化の影響を受けたキン族による王朝やお隣のクメール王朝と交流と抗争を繰り返しながら歴史という大きな布を織りなしてきました。

 

特に海洋国家として、東南アジア圏どころか下手するアジア海域全てを活躍の場としてたチャンパ王国の存在は16世紀に完全にキン族による「ベトナム」によって滅ぼされてしまうと、それ以降は一部のフランス人の学者を除いて顧みられることなく忘れ去られた存在になりかけていました。

 

が、大海原を舞台に人とモノが活発に行きかう王国は1980年代後半のドイモイ政策の中で「グローバリズム」の観点から、「海のシルクロード」としての歴史ということで注目を浴びるようになったと言います。

 

チャンパ王国の時代には日本も含め国際貿易港だったホイアン、そしてその後その地位を引き継いだ小さな漁村に過ぎなかったダナンが「国際的!」ということで盛り上がっていったわけです。

 

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チャンパ王国の存在はダナンを含むクワンナム省以南の、各地に点在する遺跡がその名残を現代に伝えています。私は2015年の夏にチャンパ王国初期の時代から聖地とされたミーソン遺跡へ足を運んだのですが、今にも崩れ落ちそうな赤煉瓦の寺院(の跡)が印象的でした。

 

東南アジアの宗教的な遺跡って大抵グレーの砂岩を使うんですけど、この辺りは良質の赤土の産地で、レンガ造りが盛んだったことからチャンパ王国の遺跡は基本赤土レンガで建てられています。

 

soyliliani.hatenablog.com

 

ミーソン以外にもクワンナム省や以南のクワンガイ省、ビンディン省沿岸部やニャチャン、ファンラン近郊にもチャンパ遺跡が残っていてアクセス可能なようなので、次の里帰りは「チャンパ王国の夢の跡を求めて」と称した旅を考えています。

 

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さて、チャンパ王国は多族国家であったということが現在の研究でわかっています。特に中部高原地帯(タイグエン)には山岳系少数民族がたくさん住んでいるところで、その一つとして我らがカトゥー族も含まれています。彼らもチャンパ王国の国民だったのです。

 

今回読んだ本によるとカトゥー族が山で良質な高木などをチャンパ王国のチャム人と塩と交換し、さらにチャム人はホイアンから日本などに輸出していたっていうんですね。そのエピソードを知って、歴史ロマンに身が震えました(笑)

 

さて、そのチャンパ王国の「チャム人」とはどんな人たちなのでしょうか?単一国家ではなかったと言いますが、チャム人は主にマレーポリネシア系でチャンパ王国初期の時代にはインドから伝わったヒンドゥー教を、そして現在はイスラム教を信仰しています。

 

「ちょっと待った!!!現在は・・・ってどういうこと!?」と思ったあなたは鋭い。

 

チャム人、つまりチャム族は現在も少数民族としてベトナムカンボジア、タイに分散して暮らしているのです。ベトナムに限っていうならば、中南部沿岸地域(遺跡が残っているあたり)とメコンデルタカンボジア国境付近の村が彼らが暮らす場所です。

 

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実は、昨年6月の帰国直前に、私はカンボジア国境付近のチャウドックという街の郊外に暮らすチャム族に会いに行ってきたのでした。このあたりのチャム族はもとはカンボジアに住んでいたのですが、そこで迫害に遭い、川を越えてベトナムにわたってきたそうです。

 川の氾濫が著しいことから高床式住居に暮らす彼ら。モスクやイスラム名の看板などが私が知るベトナムとはまた違った雰囲気をたたえていました。

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soyliliani.hatenablog.com

 

この時のチャム族の村訪問はごくごく短い時間だったのですが、次回は中南部沿岸地域のチャム族に会いに行きます。もう少し文化的なことが学んだり、話をしたりしたいなと思っています。

 

どうやらチャンパロマンに憑りつかれてしまったようで、もっと資料を集めないと。